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  • 晴れ着、晴れの日、晴れ舞台…日本人特有の概念「ハレ」を考える。
  • 2017.02.23 THURSDAY

日本人の日常生活でごく普通に使われてきた「晴れ着」や「晴れの日」という言葉ですが、現代においては、少し“昔っぽく”響くかもしれません。「晴れがましい」「表向き」「公(おおやけ)」といった意味をもつ、日本古来の言葉「ハレ」。言葉の背景にあるものをひもときながら、あわせて日本人の「晴れの日の装い」の移り変わりと今の時代の「晴れ着」を考察します。

Photo:Takeshi Wakabayashi
Text:Yu Fujita

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「ハレ」に対する言葉は「ケ」。これが日本人の暮らしです。

稲作農耕を基調に、共同体としての生活が長く続いてきた日本人。四季ごとのお祭りのほか年中行事など、儀式的な非日常を過ごす時間や機会をつくってきました。その一方で、普段の日は質素に勤勉に働くことが求められたのです。この非日常を表す概念が「ハレ(晴れ)」であり、その対となる日常が「ケ(褻)」。日本を代表する民俗学者・柳田國男(明治8年〜昭和37年)は日本人の伝統的な世界観をこう二分して言い表しました。柳田が「ハレ」と「ケ」を見出したのは近年ですが、さらに古い時代に残る史料には天皇の行幸(ぎょうこう/外出の意味)にも「晴行幸」「褻行幸」の2種類があったことがわかっています。

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どうやら、非日常と日常を分ける精神文化は日本人が昔からもっていたもののよう。1年のなかをハレとケが循環することよって生活に折り目が生まれ、メリハリがもたらされていた、というのが日本人の生活で、それは第二次世界大戦ごろまで続いていたのです。今、その生活リズムで暮らしている日本人はおそらくほんの一部、「ハレ」「ケ」の言葉がかろうじて残っているようですね。


ハレの日の装いが和装から洋装になったのは明治時代。

「ハレ」の日に着る「晴れ着」は、その意味のとおり、正月・お盆・祭り・七五三のお祝い・婚礼などの特別な時に着る服であり、改まった場所に行くときの“よそゆき”の衣装です。日本人の伝統服「着物」の原型・王朝装束が完成したのは平安時代中期から後期といわれていますが、以降、王朝装束を簡素化したデザインに変わりつつ、現代まで受け継がれています。そして明治の服装改革によって洋装も加わり、私たちは今日に至るまで、和装と洋装を使い分けながら「ハレ」の日の装いを楽しんでいるというわけです。

また現代の和風の婚礼衣装となっている、髪を文金高島田(ぶんきんたかしまだ)に結い、打掛(うちかけ)を着るスタイルは、実は江戸時代の武家の女性の礼装から出てきているんです。

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現代の晴れ着=スーツをこの時期どう着こなし、どう楽しむ?

さて、私たちが今、改まった日の装いと聞いて発想する装いといえば、男女共にスーツというのが一般的。特に「晴れの日」となれば、スーツのベースとなる形は基本を押さえ、色もダークカラーというのが、時代が変わっても、大人として求められる装いと言えるでしょう。

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とはいえ、自分らしさも出したいし、季節感だって楽しみたいもの。男性であれば、たとえばネクタイやシャツにパステルカラーを取り入れるのはいかが? 春らしい鮮やかなVゾーンになり、おしゃれさがグッと高まります。また、ネクタイの素材を変えてみるのも一考。春夏仕様の柔らかい織地のネクタイは、それだけで装いが軽快に見えそうです。

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女性であれば、襟の付いていないデザインのジャケットを選ぶのも一つの手。カッチリした印象をつくりながらも堅くなりすぎず、軽やかなインナーと合わせて、女性らしさが香るスーツスタイルを楽しみたいものです。

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